魔物

 

魔物が増えだしたと、皆が気づき始めた頃。

日増しに軍事演習や賊の討伐が減り、その分魔物の討伐が増えてきていた。

勿論非番も減る。その貴重な日を、

いつもセシルはどこに出かけるでも無くのんびり体を休めて過ごす。

今日は天気が良かったので、城の裏手にある小さな林の入り口で読書にふけっていた。

「グェルル……キュピュルルル……。」

本を読み始めてしばらくたった頃、どこからともなく聞きなれない声が聞こえてくる。

それに交じって、聞きなれた女性の声も聞こえ始めた。

(どうしよう……ああ、大丈夫だから暴れちゃだめよ!)

それはローザの声だった。

ひどく戸惑っているようなその声音が気になり、

セシルは立ち上がって読みかけた本を閉じた。

 

 

「どうしたんだい?こんなところで。」

「あ、セシル……。」

やけにばつが悪そうに、ローザが見上げてくる。

何かあるのかと思ってチラッと見ると、

とっさに彼女が体で隠した生き物の尻尾が見えた。

「ローザ、それ……。」

セシルは驚いたらしく、まじまじとローザを見る。

観念したのか、ローザは潰さないようにそっと生き物の前からどいた。

「うん……。」

ローザが隠していたのは、フロータイボールの子供だった。

フロータイボールは、本体だけで2mもある魔物だ。

なのに、この子供はまだ人間が抱えられるほどの大きさしかない。

こんなに小さな赤ん坊が、どうして人里近くに居るのか不思議だ。

もっともその疑問は、赤ん坊の羽と本体についた深い爪痕で解けた。

「ダイブイーグルにやられたんだな……。」

「そうなの。さっき、私は奥で狩りをしてたのよ。

それでダイブイーグルをしとめたら、この子が落ちてきて……。」

いくら人に危害を加える魔物とはいえ、

こんな小さなものがか細い声で鳴いていたら、さすがに気になるだろう。   

見捨てるに見捨てられず、手当てを試みたらしい。

だが、傷はほとんど塞がっていないようだ。

血こそ止まっているものの、傷跡が痛々しい。

「ケアルは使った?」

「ううん。今日はちょっと頑張りすぎて、MPがもう無いの。

私、まだ上手くないから……。でも、下手でも肝心のときに使えなかったら仕方ないわよね。

ありあわせの傷薬じゃ、効かないし……。」

しょげた彼女の肩に、セシルは優しく手を添えた。

「そんな事は無いよ。君の優しさが無かったら、この子はもう助からなかったかもしれないじゃないか。

ポーションを取ってくるから、ここで待ってて。」

「ありがとう、セシル……。」

 

 

急ぎ足で、セシルは親友の休んでいた部屋に駆け込んだ。

「何だどうした。お前、今日は非番じゃなかったのか?」

竜騎士隊のメンバーはほとんど仕事らしく、

竜騎士隊の詰め所に居たのは隊長であるカイン一人だった。

「ちょっと用があってね。カイン、ポーション無い?」

「ポーション?その辺にあるから、5個ぐらいまでなら持って行ってもいいぞ。

お前、折角の非番に何をしでかしたんだ?」

「別に僕がしでかしたわけじゃないよ。

ちょっと森まで鍛錬に行こうと思ったんだ。」

「まあ、確かに町の外は魔物が出るしな。」

「そういうことだから。じゃあね。」

セシルがあわただしく部屋から出て行く様子を、

ぼんやりカインは眺めていた。

「みえみえの嘘までついて、何をやる気なんだあいつは……。

道端で子供が犬にでも噛まれたのか?」

誰が困っているのかはわからないが、

優しい親友がそれを放っておくつもりが無いという事だけは察しがついた。

 

「ローザ、持って来たよ。」

「ありがとう!さ、これでもう大丈夫だからおとなしくね……。」

人間の言葉が分かるのか分からないのか、

傷口にしみていくポーションにも、じっとおとなしく我慢をしていた。

思ったとおり、見る見るうちに傷がいえていく。

「良かったね、ローザ。」

「セシルのおかげよ。本当に、ありがとう。

ところで、もう大丈夫かしら?」

傷が治って、だんだん赤ん坊は元気を取り戻していった。

まだ飛び回ったりは出来ないが。

「少-char-indent-size:10.45pt'>ローザもセシルも、現れた相手も身構えた。

だが、赤ん坊が現れた大人のフロータイボールに少しずつ近寄っていくではないか。

「キュピュル、キュプルピュルル……。」

甘えるような声を赤ん坊が上げると、

とたんにフロータイボールの空気が変わる。

近寄ってきた子供を、大きな口から舌を少しばかり出してぺろぺろとなめているではないか。

それから、牙が生え揃った大きな口で器用に子供をくわえて飛び去って行った。

あっという間の事だ。

襲いもせず、礼もせず去って行った魔物。

あれもまた魔物の姿。

荒れ狂い、人に牙を向く姿はその一面に過ぎないのだ。

 

 

いつか、彼らと共存できる日が来たらいいのに。

隣で、ローザがそう囁いた。

 

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一番最初に書きました。また、微妙なテーマから始めたなあ、自分。

魔物だって、たまにはこんな事があってもいいですよね?

ゼムスが悪さしなければ、縄張りにでも入らない限り襲ってこなかったんでしょうし。

さあて、次は何を書きましょうかね?